2009年11月11日

すかいらーくグループ事業改革

基本的なレストランのオペレーションの基礎が固まり、このビジネスモデルを生かした多店舗化を検討するが、当時の新興企業すかいらーくが地元の取引銀行から融資を得る事は容易でなく、土地を所有するオーナーと長期にリース契約を結び、オーナー側が店舗建築費を負担、すかいらーく側が通常の土地リース代と店舗の使用料を含む割増の家賃を支払うリースバックシステムを開発する。この試みも実際には容易でなかったが、すかいらーく店舗へ土地オーナーを招待し、繁盛している様子を実際に見せ契約に至る様な努力などで、1974年にはすかいらーく100店舗構想を発表する。

1981年、ファミリーレストランの大規模チェーン初のPOSシステム(販売時点情報処理システム)を日通工と共同開発、全店導入した。これにより、既存の手書き伝票による利用客からのオーダー受けが、客席に於ける「ハンディターミナル」のボタン入力で完了し、メニューの販売履歴の管理、在庫管理・発注がシステム化され、効率的な店舗運営が可能になった。このシステム化の成功でローコストオペレーション「少人数での対応」への改革・多店舗化に弾みが付く事となった。

1980年代中頃、今までのチェーンレストランには無かった斬新な和食メニュー「麦とろご飯膳」が登場する。世の中のヘルシー嗜好等に即した「とろろ」を取り入れた為、ファミリー層を中心に売れ筋メニューとなった。以後すかいらーくは和食メニュー開発に積極的に取り組み、「きのこ雑炊」、「チキンモロミステーキ」、「まぐろ丼」など自社のセントラルキッチンをフル活用したヒット商品を作り出して行く。1982年にはアーリーアメリカン調のカジュアルレストラン「イエスタディ」(チェーン展開されたが現在はすべて閉店、又はガストなどに転換)など斬新なコンセプトのレストランが話題になった。

その後も時代のコンセプトや消費者ニーズの多様化に応えて、コーヒーショップ「ジョナサン」、本格的な中華料理のバーミヤン、和食の藍屋など新業態を開発し、レストラン業界のリーディングカンパニーとして成長。1993年、すかいらーくグループは外食産業のうちテーブルサービスレストランとして初の、1000店舗出店を達成した。

2006年6月に、創業家(横川家)を中心としたマネジメント・バイ・アウト(MBO)を行い、非上場化することを発表。総費用が2700億円を超え、MBOとしては日本最大の規模である。MBOを行うのは、外食産業の市場が縮小する一方で、競争が激化しており、すかいらーくの業績も悪化していることから、店舗の統廃合、新しい業態の創造など抜本的な事業再構築をする必要があるが、短期的に利益を圧迫するなど5万人を超える株主の要望に応えることができないおそれがあるためとしていた。もっとも、それらの理由だけでこの時期に非上場化することには疑問もあるため、業績改善後に再上場することで利益を得る目的もあるのではといわれていた。MBOを発表した横川竟会長も再上場を否定しなかった。

MBOは、まず野村ホールディングス株式会社の完全子会社である野村プリンシパル・ファイナンス株式会社の子会社であるSNCインベストメント株式会社が、株式公開買い付け(TOB)を2006年6月9日から7月10日の32日間実施。94.38%の株式の応募がありTOBは成立、7月21日の株式引渡しでSNCインベストメントが筆頭株主となった。この後9月19日に上場廃止、10月1日に産業活力再生特別措置法(7月12日に計画認定)に基づく金銭交付による株式交換を実施、SNCインベストメントがすかいらーくを完全子会社化した。さらに、創業家や従業員の出資を受けた後、2007年7月1日にSNCインベストメントがすかいらーくを吸収合併、新生すかいらーくが誕生した。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

すかいらーく改革により日本から「すかいらーく」の看板が消えるようです。

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